大分県で教員採用に関わる汚職が摘発され、本来、教員採用試験で不合格であった人が、縁故などで採用されていたという事実が発覚した。これまでも、大分県に限らず教員採用試験には、同様の疑惑が取りざたされていた。「ああ、やはり」というのが、大方の人の感想であろう。学力不足にもかかわらず、教員として採用された先生は、全国で数多くいると思う。将来のある子供を教育する立場の先生は、他に比して優秀な学力を有していることは当然の条件であり、優秀な学力を有しているという前提の上で人間性云々という議論がなされるべきである。学力か人間性かという二者択一の議論はおかしい。人を育てることを通して、将来の国のあり方にまで関わる以上、教員もまた、医師・弁護士・公認会計士などのように資格試験を受けさせることを考えてもよいのではないかと思う。合格した者だけが、教員採用試験を受ける資格をもつ。
中学入試の受験勉強全体を左右する重要項目ですが、意外と知られていません。これらは受験勉強について考える場合の基礎になりますから、ぜひ最初に確認してください。学校の偏差値と合格に必要な勉強量は関係ない多くの人が「難関校に合格するには大変な勉強が必要だが、そうでなければ負担は軽い」と考えるようです。ここでいう難関校とは偏差値の高い学校だと思ってください。たとえば、偏差値七〇のA中学と偏差値六〇のB中学があるとき、ときどき「うちの子はA中学を受験するわけではありません。志望校はB中学です」といった保護者の発言を耳にすることがありますが、この背景には「B中学合格に必要な勉強量はA中学を受験する場合の七〇%〜八〇%程度で十分」という考え方があるのではないでしょうか?これは大変な誤解で、受験する学校の偏差値と合格に必要な勉強量は関係ありません。偏差値七〇のA中学合格に必要な勉強量を一〇〇とするなら、偏差値六〇のB中学合格に必要な勉強量も一〇〇(譲歩しても九八〜九九)と考えてください。したがって中学入試に挑戦する以上は最難関校合格をめざす覚悟が必要です。
まだエピソード記憶が十分に発達していない段階で過度に理解にこだわるのは、記憶のためにあまり効率的とはいえないし、意味記憶による脳の中の辞書が充実したものにならない可能性もあるのです。ですから、小学生の間は理解を求めるよりも、意味記憶を増やしていくことを奨励したほうが効率的でしょう。もちろん、理解が無意味なのではありません。というのは、考える能力はだいたい小学校三〜四年くらいから、といわれているからです。この時期からは記憶する対象によって、ときには理解を用いて、エピソード記憶を導入してもよいでしょう。ただ、まだ意味記憶も十分有力なので両立させることは可能です。むしろ、機械的な意味記憶と思考力を必要とするエピソード記憶を両立させることが望ましいのです。いずれにせよ、脳の中で意味記憶が優位な間は詰め込みをしないと、結局、損をします。そうすることによって思考能力が弱まることはないと考えられているのですから。